2010年8月 幌尻岳〜伏美岳縦走 山行報告

 今年の7月に一旦計画していた幌尻岳〜伏美岳が有る事情で流れてしまった。今年はもう行けないかなと半ば諦めていたが、やはりどうしても延ばしたくないということで何人かにこの計画を投げかけたところ紆余曲折はあったものの何とか実現にこぎ着けることが出来た。メンバーはランドネの安仁屋さんと田原さん、それと私の山の会に所属する小林さんの総勢4名となった。
航空券は2ヶ月前の格安チケットを取得して、出発に備えた。往路はair doの第一便、6時45分発新千歳空港行き。小生と小林さんは当日の時間が早いため前日から空港ロビーで前泊、安仁屋さんと田原さんの二人はそれぞれ空港直行便バスで当日集合となった。当日到着組は時間のゆとりが無く一寸心配をしたが、無事全員搭乗できた。

8月21日(土) 天候:晴れ

羽田(6:45発)=新千歳空港(8:30)−富川(11:01)−幌尻林道第2ゲート(13:20)−取水口(15:05)−渡渉開始点(16:20)−幌尻山荘(17:40)

 気温も高からず低からず。羽田を20分遅れで離陸だが、千歳で多少ゆとりがあり、南千歳経由苫小牧で乗り換えて富川には予定通り着。
予約タクシーが富川駅まで出迎えてくれる。ここから振内経由幌尻岳登山口まで車を走らせる。幌尻岳への登山道には取水口の前に二つのゲートがある。手前が第1ゲート、その次が第二ゲートである。通常地元のタクシーを使うと第二ゲートまで車で入れると言う話であったが、今月初めチロロ林道経由のヌカビラ岳登山のツアー客の遭難で、ツアー会社がゲートの合い鍵を作って無断で入山していたことが判明し、幌尻岳のゲートも規制が厳しくなって地元タクシー会社の車も一般車両と同じく第1ゲートまでしか行けないということだった。それとは別に地元のとよぬか町が最近シャトルバスを運営開始、第二ゲートまで入れるという。
 富川駅からの足は地元振内ハイヤーに予約していたが、富川駅到着時間からしてとよぬか山荘を出発するシャトルバスには乗れない。しかし、振内ハイヤーの社長は第二ゲートまで運んでくれると言う。そんなに上手いこと行くのかと内心疑心暗鬼でいたところ、とよぬか山荘迄行かずに振内の町で車を乗り換えると言う。なんとシャトルバスに社長が乗って待っているではないか。確かにシャトルバスなら問題なく通過は出来る。 シャトルバスの運行は振内ハイヤーが委託されており、2台有るシャトルバスの内の1台を我々に振り向けたということで謎は解けた。
と言うわけで途中シャトルバスに乗り換えた我々は第1ゲートと第2ゲート間の約2.5kmは歩かずに済んだ。第2ゲートから取水口までは約5km。これは徒歩となる。取水口には15:05に到着。予定ではここでテント泊であるが、苫小牧から携帯で問い合わせた室蘭地方気象台予報官の予報では今日の夜半から30mm/hr位の雨となり、場合によっては50mmもの雨が朝まで続くという話であった。それだけの雨が降ると渡渉は困難だろう。
 そこで、予定を変更して今日中に幌尻山荘まで行くことにした。幌尻山荘はテント禁止であるが、緊急事態ということで何とか山荘前に設営をさせてもらう作戦だった。振内交通の社長に教わった渡渉開始を遅らせる道を忠実に辿る。四の沢との合流点まで登山道を進みいよいよ入渓となる。野村、小林は沢足袋、安仁屋さんは地下足袋、田原さんは沢靴。幌尻山荘から下山で行き交う人は短パン+タイツ等の人が多い。小生は足元ばかりに気を取られてズボンまでは気が廻らず、沢用具は沢足袋以外用意していないので、めいっぱいズボンの裾をたくし上げて渡ることとする。渡渉は大きいので23回。山荘到着まで続いた。渡渉に関してはなるべく濡れたくないので、ルートを選び、岩と岩のトップを渡っての渡渉に心掛けた所為か意外と時間が掛かった。最深部は膝上10cm程度であった。
 山荘に着いたのが17時40分。ほぼ同時に雨となった。小屋前のテーブルで食事中のグループもある。小屋番に取水口でのテント泊予定であったが天気による変更なので予約無しだが、小屋での宿泊可能かと打診。雨の中テントでもあるまいと急遽の心変わりであったが、すんなりOKとなった。泊小屋番から、ザックは小屋内には置かないこと、消灯は19時、食事はそれまでに済ます・・・・等々、なかなかうるさいが、外が雨ということもあって蛇口付きの小屋内流し台を使わせてもらった。あながちうるさいだけでは無い用だ。今夜の食当は野村。初日は水が豊富ということでスパゲッティー。翌朝は安仁屋さん担当のラーメン。作り終わったのがほぼ19時で、結局消灯は小一時間近く延長してくれた。


額平川渡渉


8月22日(日) 天候:雨のち曇り

幌尻山荘(7:05)−命の水(9:15〜9:30)−幌尻岳(12:00〜12:30)−七つ沼カール(15:25〜)

 夜明け前、早出のツアー客が小屋前の敷地に広げられたブルーシートの上で着替えやザックの整理をしている。お陰で小屋内は静かであるが、ザックを小屋内に入れさせないと言っても此処まで徹底しているのも珍しい。
そのうち大粒の雨が降ってきた。一斉に小屋内に逃げ込んで来たツアー客で小屋内はごった返す。関西からのツアー客は幌尻岳〜戸蔦別岳経由の周回コースを幌尻岳ピストンに変更させられていた。戻りルートの北戸蔦別岳からのルートが沢の為、沢足袋は不要と叫んでいる。他にも今日下山する人は直ちに下山を開始しないと下山できなくなりますと小屋関係者が声を張り上げている。
 我々は本日七つ沼カールまでなのでノンビリである。ツアー客が居なくなってから7時に出発。雨は上がっているが、露対策で雨具は着る。やがてそれも暑さで脱ぐ。シラビソの多い樹林帯を登っていくとダケカンバの見事な林となる。樹林帯の隙間からだんだんと稜線が見えてくると命の水の表示板が出て来た。昨日の雨で七つ沼カールに水はあるとのことであったが、保険として必要量の1/2程度を給水して担いでいくことにした。登山道から1分程度下ったところにある水場からは豊富な水が湧出している。冷たくて美味しい。標高1750mの稜線に乗ると北カールを抱いた幌尻岳が初めて姿を現す。カールに動物の姿は無し。稜線は大きく扇子の端のように幌尻をすこし右寄りにして、緩やかに左の方に続いており、次のピークが戸蔦別岳、その次が北戸蔦別岳だろうか。幌尻岳は山頂になにやら建造物が確認できる。12時山頂到着。近づいて見ると足場用の鉄パイプで山頂表示板が組まれている。なんとも雰囲気が無い。しかし念願の山頂である。
 ここからは戸蔦別岳、北戸蔦別岳、そして北戸蔦別岳からは右側に大きくカーブして1967峰、ピパイロ岳と続く稜線が見渡せる。あれを越えるのかと思うと心躍る。七つ沼カールは山頂からかなり行かないと見えてこない。山頂で自動シャッターで集合写真を撮ったあとはそれぞれ銘々が風景の撮影に余念が無い。
約30分の山頂タイムを終え、今日の泊地・七つ沼カールを目指す。途中ツアー客とすれ違った。何処まで行ったのか?せめて七つ沼カールが見える所まで行ったかの質問をしたが、その途中で引き返したとのこと。なんとまあ残念に思っている客も多いだろうにと同情しながら前に進む。以後人には一切会うことは無かった。七つ沼カールが見渡せる場所までは50分程の行程である。1940mのピーク(肩)に来ると戸蔦別岳への稜線の右側に七つ沼と呼ばれるカールが広がっている。カールに降りる地点は幌尻岳肩寄りと戸蔦別寄りと2ヶ所あるが、戸蔦別岳からの方が傾斜が緩いようだ。戸蔦別寄りのカールへの分岐まで稜線を行くが、ナイフリッジのような所も随所にあり、アップダウンも結構ある。カール分岐で皆と協議を行った。地方気象台との携帯電話情報では、明日の夜中から気圧の谷の通過に伴って、昨日以上の雨が降り、一晩で150mmの可能性もあるというからである。このまま北戸蔦別にあるテン場まで先を急ぎ、明日の雨前に下山してしまうか。予定通り七つ沼で泊まるかである。七つ沼は今回の目玉であって、外す訳にはいかない。今夜は泊まって明日早出して一気に降雨前に下山ということになった。一服後にカールへと下降するが、下降路はガレたかなりの悪路であった。砂地のテント場は直ぐに目についた。近くまで行くとテント地は一ヶ所ではなく、幾つか点々と散らばっている。水場は幌尻山荘の管理人が教えてくれた所にあり、蕩々と冷たい水が湧き出ている。この時期本当にラッキーであった。一番快適そうなテント場を選んでテント設営。濡れた沢靴を天日干しして、夕飯までの間、カールの散歩を行った。今夕の食当は田原さんで、テントから出て雄大なカールの中で食事とした。
 七つ沼カールに関しては安仁屋さんの専門分野で、氷河の削り痕を持った石が有るかもという話で期待したが、風化の方が激しく、その痕跡は見つけられなかった。水場に関しては幌尻岳寄りにあるという芽室山岳会の情報は探し方が悪いのか見つけることは出来なかった。七つ沼への下降路は幌尻岳側ルートはかなりの急斜面でとても人が降りられる道には見えず、戸蔦別岳肩からの下降が正解だったと思う。
(以上 野村 記)


七つ沼と幌尻岳(戸蔦別岳方面から)


8月23日(月) 天候:曇りのち雨

七つ沼カール(4:30)− 戸蔦別岳(6:00〜6:10)−北戸蔦別岳 (7:35)−1967mピーク(11:15〜11:26)−ピパイロ岳(14:05)−1542mコルテント場(15:40〜)

 起床3時。昨日午後の天気予報では、今夕に天気が崩れ明日の明け方にかけて1時間50mm程度のかなりの大雨になるとのことだったので、今日中に伏美岳を越えて伏美岳避難小屋へ行くべく早起き早立ちをした。起きた時、周りの山はガスのなかで、しかもすぐにぽつりときたのでやばいかなと思ったが、すぐに止み、出発の頃には晴れて視界がよくなった。カール壁を稜線まで登る道はかなり急で、朝の最初のピッチとしては苦しい。非常に湿気が高く汗をかき水を飲む。幸い七つ沼の水は冷たくて最高においしい。
トッタベツ岳(1959m)の登りで雲は切れ周りの山々が見えるようになった。風が心地よい。6時半頃に太陽が出た。そよ風と相まって実に心地がよい。
 北トッタベツ(1912m)を過ぎると道は細くなり、場所によっては少しではあるがハイマツを漕がなくてはならなくなった。昨日、幌尻岳の登りで気がついた剥がれかかった靴底のソールの補修を昨夕接着剤で試みたが、ワンピッチでまた剥がれた。それで今度はガムテープで補修した。天気が怪しくなってきたのは1856mピーク付近、9時前である。視界はどんどん悪くなり、11時前には100m以下になり、周りはなにも見えない状態となった。立派な1967mピークに11時過ぎについたが、視界は全く効かなかった。この山は遠くから見るとピラミッド型で一際目立つ見事なピークである。ガイドブックになぜ名前がないか不思議だ、と書いてあったが、皆同感であった。
 ここから下り初めたらすぐに雨が降り出した(11時半頃)。やはり山では天気の崩れが予報より早い。雨具をつけて少し行ったら道が怪しくなり、間違えたことに気がつく。約30分のロス。ピパイロ岳への道はところどころ痩せている尾根を辿る。雨の中をたんたんと歩く。風も出てきた。ピパイロ岳(1917m)に着いた時は雨もかなり激しくなり、風も吹いていた。1548mのピパイロ岳と伏美岳のコルに着いた時、ここでテントを張るか、出発時に予定した通り伏美岳の避難小屋まで行くか(ここからガイドブックで4時間)話合った。この雨の中ではこれから4?5時間行動するのは大変だ、もともと避難小屋へは天気が崩れる前に行く予定だったので、崩れてしまったら無理していっても無駄だ、予備日はあるし食料・水もある、ということでここにテントを張ることにした。幸い、登山道から一段上がったところに最高に快適なテント場があった。風は頭上10mぐらいを吹き抜け、我々のテントには全く来なかった。七つ沼カールの水をもって来たが、蒸し暑くて途中、予定以上に飲んでしまったので、雨水を集めてスープやお茶・コーヒー等に使った。


北戸蔦別岳から戸蔦別岳(後はエサオマントッタベツ岳)

8月24日(火) 天候:雨のち曇り

1542mテント場(10:00)−伏美岳(12:30〜12:45)−登山口(15:25〜15:40)=帯広市内ホテル(17:00〜)

 起床6:00。雨は夜通し激しく降り、明け方は雷と稲光が激しかった。ゆっくりと起きる。6時半頃、雨が激しく雷も近く、寒冷前線が通過した。テントは快適であった。7時頃に雷が止み、雨もだんだん弱くなった。ラジオで聞く下界は大雨で洪水、道路寸断等大変なことになっているのを知る。出発する頃までには雨が止んだ。出発してまもなく安仁屋の靴のソールが剥がれ落ちかけたので紐と針金で補修する。買って6年目でそんなに履いていないが、使用歴に関係なく5?6年で剥がれるというやつである。よりによってこんな山の真ん中で剥げるとは!だましだまし歩く。
 伏美岳の手前で雲が上がりはじめ、視界が若干効くようになった。伏美岳(1791m)の頂上で帯広のタクシー会社に電話をして、15:30頃に避難小屋まで迎えに来るよう依頼する。ここからの道は芽室の山岳会などにより笹が刈られており、思ったよりも手入れがよく歩きやすかった。やはり、伏美岳(1791m)には沢山の人が登りにくるのだろう。登山口に降りたら、丁度呼んだタクシーが上がってきた。避難小屋は1km下との事で、我々がいなかったので様子を見に登山口まで来たとのことである。伏美岳避難小屋は絨毯が敷かれておりは立派である。予約していた帯広のホテルに17時頃着。風呂に入り、洗濯をして町に出る。この大雨の中を無事下山してきたことを感謝しなから、2軒ハシゴして心地よく酔っぱらった。


縦走もほぼ終わり、伏美岳山頂にて

8月25日(水) 天候:曇り

行程概要

 予備日をどう使うか昨晩相談した結果、レンタカーを借りて然別湖へ行き、池田のワイン城にでも行こう、ということになった。が、驚いたことに帯広のレンタカーは全て貸し出されており、我々が借りられるのがなかった。仕方がないのでバスで池田へ往復したが、ワイン城にいる時間が30分もなかった。
(以上 安仁屋 記)

感想
 個人的には日高の有名な山を登り、カールを見たのは良かった。また、七つ沼カールに砂丘があるのが印象的であった。パタゴニアと同じである。靴のソールが剥がれたのは予想外であった。話には聞いていたが、まさかあのような場所で起きるとは予想もしていなかった。しかし、修理用具を持っていたので、大事には至らなかった。また、徒渉用に地下足袋を持っていたので、これも余裕であった。
(安仁屋 記)
 念願の幌尻岳からの縦走路を踏破できた。この夏は北海道や東北は恵まれなかった。
山は天気とはよく言ったもので、少しでも日が射したり青空が覗けると歓声が上がる。今回の雨模様の歩程や豪雨・雷雨の中のテント泊等々相当な悪条件下での縦走となったが、別な意味でやり終えた充足感に満たされた。
(野村 記)