出発前、民宿の御主人から「今年の雪は記録的な大雪だから山は大変だと思うよ」と脅かされて2年前の天狗原からの下りラッセルを思い出して「今回の山行は天狗原まで着ければ上出来だな」と思って出発した。
天気はどんよりとした曇で少し雪も降っているのに結構な数のスキーヤーやボーダーが天狗原を目指しており、立派なトレースが出来ていて、登山スピードは何時もより早いくらいで登る事が出来た。天狗原で皆で議論し、乗鞍をパスして先を急ぐ事が決まった。ところがここからはトレースが全く無い。膝までもぐるので下りでもシールをつけてラッセルしなくてはならない。風吹大池に続く稜線に行くと方々に良いテント地がある。この頃になると雪が止み少し青空も見え、山の景色も見え始めた。
16時前にテントを張る事になった。皆で最初にテントを張るスペースをスキーで踏み固めた後、スキーを脱いで足で踏み固める。スキーで踏み固めたにもかかわらず、スキーを脱ぐと膝までもぐる。エスパース(6〜7人用)は6角形であるので各角に一人ずつスペースを確保し、ゆっくりと飲み且つ食べた。寝る前にトイレの為外に出たら星が見えたので明日の晴天を確信した。
膝近くまでもぐるラッセル
朝起きたら何と、結構な雪が降っている。昨夜からずっと降っていたらしく、昨日踏み固めた場所の上にも15cm以上の雪が積もっている。皆で交代でラッセルをしながら進むが亀の歩みのように遅い。春の固く締まった雪ならアッという間に滑れる緩傾斜も登りと同じように時間がかかる。
当初の予定ではずっと尾根筋を通って来馬温泉に下りる予定であったが、尾根は雪の吹き溜まりが出来ていて凹凸が激しく進みにくいので沢筋の夏道通りに下る事になり、低地にある風吹大池小屋に下った。ここからシールを外し少し滑ったが、深雪に阻まれて殆ど滑れず、再びシールを付けた。時々腰までラッセルしながら進んで行き、16時過ぎたあまり暗くならない内にテントを設営した。今日は1日中雪が降っていたが夕食を作る頃になって雪が止み、どうやら明日は天気予報通り晴天になりそうな気配である。本来なら今日は下山する筈であり、明日は予備日であったので正規の夕食の用意はなく、皆で各自用意してきた非常食を分け合って食べた。
晴天。目覚まし係の私が30分寝坊して皆を4時半に起こした。今回の山行は2泊ともテントの真ん中に寝かせてもらえたせいで暖かく快眠出来た。今日の朝食も正規の食材はなく、昨日の残飯を水でのばしたオジヤである。ガスボンベに火をつけようとライターを捻っても火が出ない。マッチを擦ると一瞬火が付くがすぐ消える。村上さんが「酸欠ではないか」と言いだし、あわててテントの入口と出口(このテントには二つの口がある)を開けて空気を入れ込むとちゃんと火が付いた。恐ろしい事である。
今回の山行はスリーシーズンテントにフライをかけて使っていたが、フライの裾が昨日の雪で埋まっていたので通気性が悪くなり酸欠になったらしい。大型の冬テントが欲しいと痛感した。出発して程なく尾根の狭いところに来た。この場所の恐ろしさは昨年春に来た野村さんからさんざん聞かされていてどんな所か不安であったが、最初の狭い尾根は村上さんがルートを作り、次の本命の難所を野村さんが行く事になった。厳冬期の今はタップリと雪が積もっているせいか、想像していたより高度感はなかったが、それにしてもこの狭い尾根道を最初に行くには勇気が必要で、野村さんに感服した。この難所を過ぎて相変わらず下りラッセルをしていたら日帰り装備で登ってくる2人パーティーに会い、これ以後はバッチリと彼等の作ったトレースを使わせてもらう事が出来、歩行スピードが上がった。
程なく南俣沢にかかる橋に着き、ここから林道をゆっくりとした傾斜で登って行かねばならない。右の斜面が急で雪崩が心配なので20m程離れて歩く。林道の最高点に達して周りの景色をゆっくりと楽しむ。風吹岳が日に映えて美しい。シールを外して快適に滑り、時々は急な斜面を林道をショートカットして滑り、この山行で初めてスキーを楽しむ事が出来た。来馬温泉は風呂とソバを合わせて1000円であり、安くて非常に美味しくお勧めの一品である。滑りは殆ど無かったけれど豪雪でもチームワークでラッセルしていけば長い縦走も可能だと自信が持てた充実した山行であった。的確な指示でリードして下さった村上さんと、協力し合って道を切り開いた同行の仲間達に感謝します。
(川久保 記)
痩せ尾根の難所